ブラジルの中にある日本 — 近くて遠い海外

2010 年 6 月 19 日 | カテゴリー: コラム

距離は変わらないが、時間や必要経費を考えた場合、国外に行くのが以前に比べて易しくなっている。しかしその国の言葉が話せなかったり、文化的な差異を気にしてしまうなどの、内面的な障壁の高さはあまり下がっていないように思う。
たまに沖縄に帰省するのだが、その度に「歯がゆい」と感じる。他にはない特殊な文化や歴史を持っているにもかかわらず、外にあまり目が向いていないように私には思えてしまう。モノをつくるのが全盛の時代が終わり、世界は多様性を求めるように思える時に、沖縄はこれからどこに向かっていくのだろうか? もちろん島に生まれ、島の中で一生を終えるのも悪くないと思うのだが、他に何の選択肢も知らないまま一生を終えても良いのか考えてしまう。これからのレポートで、日本以外の国をもっと身近に感じて、日本以外の国で生活を考える人が増えれば幸いである。

最近ブラジルに遊びにいく機会があった。目的は現地にいる(比較的最近その存在を知った)親類に会いに行くこと。その親類は戦前に沖縄からブラジルに移住して、既に5世まで誕生している。
ブラジルの首都ブラジリアは、政治の中心地であり経済の中心地ではない。南米で最大にして、ブラジル経済の中心地となるのはサンパウロになる。そこは同時に南米(そして恐らくは南半球)で日系人が最も多い都市でもある。サンパウロ市内ではおよそ1週間ほどお世話になった。ちなみにサンパウロに親類全員がいるわけではなく、リオデジャネイロやブラジリアなどにも住んでいる人はいる。その数既に80人以上になるらしい。
サンパウロ市内でもいろいろな発見があったのだが、印象深かったことの1つに日系人コミュニティーの大きさと強さがある。同じ日系人というだけで連帯感を持っているように思える。私と同世代の親類に連れられてサッカーの練習をしたのだが、コートにいた多くが日系人だった。言葉は理解できないのだが、一瞬「ここは日本なのではないだろうか」、と思ってしまった。

掲載日付 : 2010 / 05 / 17 (琉球新報)

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