ブラジルの旅3 – 集会編

2010 年 4 月 11 日 | カテゴリー: その他

リオデジャネイロから飛行機でサンパウロに戻る。サンパウロ空港に着いたのは夜だったのだが、そこから別の親戚にピックアップしてもらって、サンパウロ市内に移動する。行き先は (また別の) 親戚の自宅。丁度空港と市内の中間に位置しているらしいのだが、地理感覚に疎い私がそんなことを知る訳も無い。

そこでは私の親戚が夕食と一緒に待っていてくれた。私と同じ年代の親戚もいて (それまで、どちらかと言うと私よりも年上の人と話をすることが多かった)、私の大好きな冗談などを緊張せずに言い合うことができる。話を聞いていると、彼らは私が本来到着した前日に (私がすっぽかした) バーベキューの準備をしていたらしい。本当にごめんなさい!

気を取り直して色々と話し合う。親戚の中には、とあることに関して私の意見を聞きたいという人もいた。ちょっと緊張する。何となく、こういう状況というのはこれからどんどん増えていく様な気がする (比較してみると、私自身が今のところあまり無い様な生き方をしているからそうなるのは自然だと個人的には考えていたりする)。

親戚との会話 (ちなみに会話は全て英語で行われた。さすがに私と同じ年代というのは英語が上手い.. と思ったらアメリカに行ったことのある人間も結構いた) を楽しんだところで、翌日は私が今回ブラジルに来た目的である一族の集会への参加のため車で移動する。

ちなみにブラジルでは国内の移動に飛行機がよく使われる。主な理由としてはその方が早いからだろう。沖縄本島だと端から端まででも 100km ちょっとだが、こちらだと普通に 600km の移動などあったりする。車の移動だとそれだけで実質1日が終わってしまう。今回車を使ったのは目的地に飛行場が無いという単純な理由だろうと想像する。

およそ6時間ほどかけて目的地に到着。車の中には私の他に親戚が2人いたのだが、ここでも会話は全て英語。ブラジルでは英語を話せる人というのが、社会的にも成功している人である場合が多いとどこかで聞いたことがあるが、街や店にいる (大抵の場合ポルトガル語かスペイン語しか話せない) ブラジル人を見ているとこれは本当だと思う。驚くべきは私と会話しているのが 20代ではなく、60代の人間だということだろう。その人の場合周りの状況が英語を使ったコミュニケーションを (ある意味) 強要したのだろうが、それでも (だからこそ) 個人的には驚いた。

集会の会場では既に色々と準備がなされていて、Kakinohana の名前入りの横断幕 (?) まである。沖縄にいた時も一族の集会の様なものはあったが、横断幕を見たのは初めてだった。

会場はリゾートホテルで、中にはプールなどがある。まずは会場で初めて会うことになる人たちと挨拶する。中には1世の方もいて、日本語で話すこともできる。私はまだポルトガル語が全くできないのだが、それでも会話は日本語、英語、ポルトガル語のちゃんぽん (沖縄風に言うとチャンプルー) になる。

さすがに (?) リゾートホテルで開催するだけあって、色々とプログラムも用意されていた。ホテルについて少し休んだと思ったら、「船に乗るぞ」という話が来る。ホテルの近くには大きな湖があるのだが (正確には、湖の近くにホテルやロッジなどが建てられたというのが正しいだろう)、その湖を船に乗ってクルージングするというもの。こういう経験は (当然) 初めてだったので何も考えずに乗り込む。乗っている間雨が降って来て寒かったのが今でも印象に残っている。

その日の夜の夕食後に、ホールで集会が開かれる。そこには一族の家系図 (ちなみに私や私の家族もそこに記されている) や、親戚がブラジルに渡ってから、どのような軌跡をたどり、今に至るのかが写真とともに時系列で記されていた。非常に印象深かったのが最後の写真。どこまでも延びているアスファルトの道路に、裸足でしっかりと立っている。誰の足かは分からないが、その足は確かに前を見据えている。写真にはキャプションも振られ、内容はポルトガル語で書かれていたのだが、何となく言いたいことは伝わって来た。以下に (後で渡された) 英訳を示す

It takes strength to dream and realize that the road goes beyond what you see.
Our ancestors have had the strength to dream,
And in this road we should not forget the path they have walked…
And where we are going to!

そうこうしているうちに、私の名前が呼ばれる。呼ばれることは分かっていたし、それが今回ブラジルまで来た大きな目的の1つだったのだが、それでもやはり緊張する。スピーチはポルトガル語ですることになっていたのだが (当然親戚に翻訳してもらった)、私の発音で通じるだろうか、などと考えてしまう (こういう時に「英語だったら楽だったのに」とか思ってしまうのは私の性の様な気がする)。

後で話を聞くと、普通に理解することもできたらしいし、そこまで酷い発音でも無かったらしい。習いたての言語でのスピーチにしては悪くなかったとは思う。その日はそれ以上特に無く、就寝。

どうでも良いが、このスピーチの後に「彼はどこの国の人なのだ?」と訊いた人が何人かいたらしい。まぁ、こういう質問をされるのはもう慣れっこなのですが、親戚からも同じことを訊かれるかぁ..。

次の日の朝は朝食後にバスツアーが組まれていた。どうも親戚の祖先が初めてブラジルに来た時に住み着いた (つまり働き始めた) 土地を見に行くらしい。興味はあるので当然参加する。

バスで1時間程の旅程だっただろうか。着いたところは “Countryside” という様な表現がピッタリ来る様な場所だった。日本の田舎とも少し違う気がする。「自然」という様な言葉が似合っている様な場所だ。彼ら (の一部) はここで生まれ育ち、働き、お金を貯め、更なる成功を求めて街や都会へと出て行ったのだ。そこで更に教育を受け、子どもが産まれた場合は彼らにも教育を受けられる様に取り計らい..。結果として何十人という数の親戚がブラジルという (日本から見れば) 異国の地でここまで成功している。これだけ取り出しても凄いことだと思うし、誇りに思えることだと思う。

ホテルに帰ってくると、一旦そこで集会はお開きとなる。そのままサンパウロ (やその他の場所) に帰る人たちもいたのだが、我々はこの地域にしばらく残ることにする。

その日の夜に行ったのが、釣り堀。どうも (またしても?) 親戚の一人が経営 (もしくは所有) しているらしい。話を聞いてみると大学の教授をやりながら釣り堀の方もやっているそう。I don’t know what to say anymore…。そこでは食事もすることができるのだが、当然出てくるのは魚。ちなみにそこで釣った魚はリリースしなければいけないという決まりになっている。

そこでまた色々と話をして、その日の夜はお開き。その自分には既にすっかり暗くなっていたのだが、星が非常に奇麗だった。こういうのは日本の場合、都市から相当離れなければ見られないのではないだろうか。

その日は現地の街に (も) 家を持っている親戚のところでお世話になったのだが、街の方も少し騒がしいので外を歩いてみたいと言い、ナイトラリーをしてみた。この街には大学があるらしいのだが、娯楽施設が全くないらしく、学生は夜な夜なバイクや車に乗って通りを行ったり来たりしているらしい。昔は私もゲーセンに行ってたなぁ、などと思ったりした。

その日はそのまま就寝して、次の日の朝には街 (と言っても田舎だけど) を案内してもらう。さすがにここで生まれ育っただけあって、親戚は色々と知っている。懇切丁寧に教えてもらった。中には世界的に名の知れたクラブに入っていたりなどして、「あぁ、街の名士なんだなぁ」ということを実感。

彼らの所有する土地に連れて行ってもらったのだが、「広い..」という一言。他に説明する必要は無いと思う。驚いたのがそこで「がじゅまる」を発見したこと。沖縄以外で今まで見た記憶がなかったのだが、まさかブラジルで発見するとは..。思わずビデオ撮影をしてしまう。

その日の夕方はサトウキビ工場に連れて行ってもらうことになっていた。工場まで無事着いたのは良いのだが、そこで「長ズボンじゃないので入れることはできない」と言われてしまう。あれま..。しかしここでは砂糖と電気、そしてアルコールを製造 (?) して外に売り出しているらしい。ブラジルの一大産業だということがよく分かる。

工場は (当然かもしれないけれど) サトウキビ畑のど真ん中に位置している。基本的に視界に入るのは全てサトウキビの畑。どうやらこれが何十キロと続いているらしい。

その日の夜はまた別の親戚宅でバーベキュー。基本的に食べるのは肉が多い。しかし肉が美味い..。現地で調達してきた肉だからだろうか?

朝になるとその街に住んでいる人たちに挨拶して、サンパウロに戻ることに。都市や田舎と色々な場所に分布しているというのはよく分かったが、皆親切だった。感謝しています。

  1. riesenmaus
    2010 年 4 月 11 日 15:05

    横断幕!!WOW!!
    ポルトガル語しゃべっているカッキーが、
    個人的には一番日本人っぽく見えます(笑)

  2. 2010 年 4 月 11 日 16:16

    > riesen さん

    横断幕に限らず、今回のブラジル旅行では色々と (特にスケールの大きさに) 驚くことがありました。

    ポルトガル語はハッキリ言って棒読みしていただけだったのですが、日本人っぽいですか。途中英単語が口からポロっと出て来てしまったのは秘密です。

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