ブラジルの旅2 – Rio de Janeiro 編
Iguaçu にある空港 (実はあの空港、国際空港だったりする) を後にして、Rio de Janeiro (日本語ではリオデジャネイロ。今後はリオデジャネイロで統一することにする) へ出発する。勿論国内線の航空機を使う。それにしてもよく飛ぶなぁ.. (私は日本にいた頃、多くても年に数回程度しか飛行機を使わなかった)。
リオデジャネイロについたのは既に夜。その日は観光する時間も無かったのだが、現地で働いている (つまり生活している) 親戚と一緒に食事を取ることにする。まずはホテルに行き、親戚の到着を待ち、合流して全員でブラジル料理のレストランに。ここではよく肉が食される。
後で別エントリに書くだろうが、ここで「ブラジルでは教育があまり行き届いていなく、全人口の1%程度しか大学の学位を持っていない」という話を聞く。ちなみにその発言をした人は PhD を持っていたりする。ブラジルではこれだけでも社会的な成功に対する期待値が相当上がるんだろうなぁ、と考えてしまう。そう言えばブラジルではあまり英語を話す人というのはいないのだが、彼らは私とも普通に英語で会話を行うことができる。これは後で結構凄いことだったりする、と思う様になる。
その日はその後ホテルに戻って就寝。なぜかここの部屋は (またしても?) ダブルベッドだ。当然一人で独占して寝る。
次の日は朝からリオデジャネイロの街を観光することになる。観光と言っても、専用のツアーがあり、それに乗っかるだけ。考えることはあまり無くて楽なのだが、ガイドの英語が非常に分かりにくい。フランス語とスペイン語も話すのだが、どうも一番得意なのはスペイン語のような印象を受けた。ブラジルでは冷房により車内を涼しくするのがデフォルトなのだが、冷房の音がうるさくて聞こえないと文句を言うと、後で「ロンドンから来たの?」と訊かれる。一応まだ日本人です。
観光は埋め立てられた海岸から大聖堂、サンバのマーチが行われる場所、サッカー場、キリスト像、ビーチ、そして Sugarloaf という山にロープウェイでのぼる、というコースを取る。具体的な風景などは以下の動画を参照のこと。
観光は Sugarloaf で終了し、その日の夜も親戚と夕食を取ることにする。実は私がブラジルに来た (少なくとも表向きの) 最大の目的は一族の集会に出席することで、そこでスピーチをすることになっていたのだが、その内容を軽く説明したり、意見交換したりする。
翌日は、パラグライディングとビーチに行くと言うのが当初の目的だったのだが、来るはずのピックアップが来ない。連絡してみると技術的なトラブルが発生したとのこと。近くのタクシーを捕まえて、まずはパラグライディングの受付場所に行ってみる。
行ってみたのは良いのだが、そこで雲行きが怪しいことを告げられる。何が原因かは分からないのだが、このままだとパラグライディングはできないと言う旨の連絡を受ける。どうやら何かのトラブルで離陸を行う場所 (なんと言うのだろうか?) が閉鎖されているらしい。とりあえず近くにいた人を捕まえてその場所まで移動してみることにする (それで移動できてしまうのが凄いと言えばそうなのかも知れないが..)。
離陸場に来ると、普通に離陸していたりする。しかしどうやらこの日は一人 (つまりパイロット) だけの飛行が許されているらしい。その理由も安全上のものではなく、離陸場の管理人 (またはオーナー) が税金を払わなかったために、裁判所がそのような命令を出したためというオチ。まぁ、そのうちまたブラジルには来るだろうし、パラグライディングにもどこかで挑戦する機会があるだろう。
まだフライトまで時間に余裕があったので、行きたいと思っていたスラム街に行ってみることにする。リオデジャネイロにスラム街があり、それが問題になっているというのは、ここに来たその日に初めて知ったのだが、今までの人生でそういうものを身近に感じたことが無かったので、話を聞いただけでも少し衝撃的だった。と言う訳で、パラグライディングの離陸場まで連れて行ってくれた人 (実はその人はスラム出身だった) に頼んで、そこまで連れて行ってもらうことにする。
スラム街は丘の斜面に面したところにあり、そこは車だとマトモに移動することが難しい (時間がかかる) ので、斜面のふもとまで車で移動して、そこでモータータクシー (つまりオートバイのタクシー) を使って道路をのぼっていくことになる。一度のぼってみると、ブラジルのカオスを更に濃縮した様な雰囲気が味わえる。私がいたのはまだ昼間だったのでそこまで危険は感じなかったのだが、これが夜になるとどうなるかと考えると少し怖い。
ちなみにこのスラムには電気も水もあるのだが、それらに対する料金を住民は払っていないらしい。「盗んでいる」というのがこのような行動の社会的な表現方法の様な気がする。
スラムで撮影を行ったのだが、スラムの中でも撮影を行うことができない (行わない方が良い) 場所と言うのも存在した。何が違うのか私には分からなかったのだが、何か事情があるのだろう。スラムの中にも学校はあるのだが、後述する様にブラジルの公教育は4時間 / 日 というもので、これではスラムに住む人の再生産をしているだけではないかとか考えたが、とりあえず先に進むことにする。
リオデジャネイロで見たいものは全て見た気分になったので、そのまま空港に行き、サンパウロに戻ることにする。一族の集会に参加するためだが、案の定ものすごく道が混んでいて、同じくリオデジャネイロに住んでいてサンパウロから集会に参加する予定だった人は、結局その飛行機に乗れずに他の便でサンパウロに移動したという話を聞いた。
